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回顧と展望: 円高の流れは変わらない

「ユーロマネー日本語版」「FXストラテジー・プラス」編集部 論説委員
梅本 徹

2010年は、円高の年でした。その主因は、欧米経済がバブル後遺症で低成長や財政危機に見舞われたユーロ安とドル安、わが国がアジア経済の高成長の恩恵を欧米に比べ強く享受したことによる円高、世界の外貨準備が日本円に再投資されたことによる円買いの三点であったと考えられます。ただし11月以降、円は小幅ながら反落しました。それは、米国の長期金利上昇によってドル買い圧力が強まったことや、わが国をめぐる地政学的なリスクによって円を買い進み難くなったことがあげられます。しかしながら早晩、こういった円安要因は剥落し、円は上昇基調を回復する可能性が高いでしょう。ドル円相場は、1ドル=72円程度まで上昇すると予想されます。

2010年は年間を通じて円高の年

2010年は年間を通じて円高の一年でした。ドル/円相場の高値は5月3日の94円68銭、安値は10月29日の80円48銭(いずれもNY市場正午のレート)ですから、この間14円20銭、15.0%のドル安円高となったわけです。一方、ユーロ/円相場も、1月11日の133円59銭から9月9日の106円53銭(同)まで、27円06銭、20.3%のユーロ安円高になっています。

また、主要通貨に対する円の総合的な価値を表す名目実効為替レート(日銀ベース)でみても、4月の109.23から10月の122.18(2005年=100)へ11.9%も円が上昇しました。

筆者は、昨年の円高の背景として、欧米におけるバブル後遺症、アジア経済高成長の恩恵、円の再評価の三点があったと考えています。以下、その詳細についてみていきましょう。

欧米におけるバブル後遺症

(1)1980年代来の米国金融バブルの清算

「ダラー・ショック」の頁で述べましたとおり、米国は、1980年代の半ばを境に、経済の成長構造が、それまでの製造業から金融業中心に変化しました。このため、経済取引の規模を表す名目GDPに対する負債(借入と株式)比率は、1945年から84年までほぼ300%で推移しましたが、90年には345%、2000年には431%、07年には471%と文字通りバブルのように膨張しました。

しかし、サブプライム・ショック(不動産バブルの崩壊)やリーマン・ショック(金融危機)を契機に80年来の金融バブルが崩壊した後においても、負債比率は453%(09年末)といぜん著しい借入過多の状態が継続しています。したがって、今後数年間、負債比率が300%程度まで下落する正常化の過程が継続し、米国経済はその間低成長の調整局面を余儀なくされると考えられます。

(2)2000年代の不動産バブルの後遺症

前述の通り、米国では、80年代以来の金融バブルの後遺症に加えて、2000年代に発生した不動産バブルの調整もこれからが本番です。

一般家庭に代表される家計部門が保有する不動産の総額(名目GDP比)は、1945年から90年代の終わりにかけて、緩やかな増加傾向をたどっていましたが、2000年代に入ると、それまでのトレンドを逸脱して急増しました。97年末に名目GDPの106%であった家計部門が保有する不動産総額は、2006年末には171%と9年間に65%も増加しました。しかし、07年のサブプライム・ショックを契機に不動産バブルが崩壊すると、価格の急落により不動産総額は急減し、09年末には116%となります。絵に描いたように不動産バブルの膨張と破裂がみてとれます。

御多分にもれず、00年代における米国の不動産バブルも借金によって引き起こされました。住宅ローンの名目GDP比率をみると、97年末の45%を起点にそれまでのトレンドを逸脱して増加をはじめ、07年末には75%に達したことがわかります。しかし、09年末の同比率はいぜん73%と不動産バブル崩壊後も高止まりを続けています。このため、不動産総額に対する住宅ローンの比率は05年末の0.40から09年末には0.62と異常な水準まで高まり、家計部門が歴史的な借入過多の状態に陥ってしまっていることがわかります。

これは、次のことを表しています。まず、第一に、不動産市況の本格回復には、住宅ローン比率が0.40程度まで低下することが不可欠でしょう。第二に、住宅価格がさらに低下すれば、家計部門は、より一層の借入過多状態に陥ることになります。第三に、このような状態では、家計部門は米国経済の7割を占める個人消費を抑制さざるを得ず、当面、米国の経済成長率は、低く抑えられることでしょう。

(3)GSE問題の再浮上

前述した通り、2000年代の不動産バブルを先導したのは住宅ローンでしたが、同期間における住宅ローンを含めた不動産ローンの増大に重要な役割を果たしたのは、ファニー・メイ、フレディー・マックといったGSE(政府支援公社)とよばれる住宅金融公社でした。米国の不動産ローン(名目GDP比率)は、1997年末の61%を起点にそれまでのトレンドを逸脱して増大に、2007年末には103%に達しました。また、09年末にはいぜん101%と、高止まりしています。この間のGSEによる不動産ローン(名目GDP比率)をみると、97年に25%から09年には43%までほぼ倍増しています。

すなわち、GSEは、同期間の不動産ローン全体の増加分の約半分を担ってきたことになり、00年代の不動産バブルを主導したのはまさにGSEであったといえるでしょう。

前述の通り、不動産バブルが破裂し、不動産総額は07年以降3割以上減したため、貸し出しは不良債権化し、GSEは、08年に事実上破たんし国有化されました。このときつぎ込まれた血税は1450億ドルに上ります。現在、米国政府は、官民合同で、GSEの改革案を検討しており、本年1月にも発表される予定です。GSE改革による納税者の負担は最大で1兆ドルに上るとの試算もあり、すでに悪化している米国の財政と経済に与える影響は甚大なものになりそうです。今年一番のホットなドル売りのテーマはGSE問題かもしれません。

(4)ユーロ・クライシスの行方

欧州の財政・金融危機に関しては、昨年、多くのメディアで取り扱われましたので、ここでは、簡単に経緯を振り返ったうえで、要点(Bullet Points)を押さえておきましょう。

ユーロ危機の発端は、09年11月に発覚したギリシャの放漫財政でした。これを契機に、ギリシャは財政危機に陥り、同国の国債に債務不履行の懸念が高まりました。これに対して、10年5月、EU(欧州連合)とIMF(国際通貨基金)が、厳しい経済改革を条件にギリシャに対して1100億ユーロに上る支援で合意しました。
また、危機は、同様に財政問題を抱えるPIIGS(ポルトガル、イタリア、アイルランド、(ギリシャ、)スペイン)に波及するとの懸念が強まったため、EUとIMFは、対抗策として、総額7500億ドルの安定化パッケージで合意しました。

ところが、10年の後半になると、今度は、不動産バブル崩壊によって債務超過に陥った銀行を救済するために、アイルランドが財政危機に陥り、同国の国債に債務不履行の懸念が高まりました。このため、10年11月に、EUとIMFによって、総額850億ユーロに上るアイルランド支援策が取りまとめられました。

しかしながら、いぜん金融市場の欧州に対する危機感は燻り続けており、財政危機が、アイルランドに続いてポルトガルやスペインに伝播するとの見方が強まっています。ポルトガルは、ギリシャのような放漫財政による財政赤字が、スペインは、アイルランドのような不動産バブル崩壊による銀行危機が懸念されるところです。
この間、大手格付け各社によって、ギリシャの格付けが投機的水準まで引き下げられたほか、アイルランドも大幅な格下げとなり、また、現在は、これら二国の追加格下げと、ポルトガル、スペイン、ベルギーの格下げが検討されています。

以上が、今回のユーロ危機の大まかな経緯ですが、次に、Bullet Pointsを押さえておきましょう。第一に、欧州は、統一通貨ユーロが創設されて以来、最大の危機に瀕しているとの認識が必要です。第二に、ユーロ危機の本質は、2000年代半ばのバブルの後遺症として表面化した財政危機であるという点です。すなわち、欧州経済もまた、上述した米国経済と同様に00年代の好景気バブルの後始末に苦悩しており、この危機は、短期間では収束しない可能性が高いということです。ただ、当初は、対応が後手に回っていた欧州の政策担当者達も、危機発生から1年が経過し、危機の封じ込めには成功してきています。これが第三の点です。

第四に、共通通貨ユーロの存在が危機を複雑化しているという点です。普通、ある国が、経済危機に見舞われると、通貨が暴落して危機が深刻化する一方、その後、通貨下落による輸出競争力の回復によって経済状況は急速に好転します。しかし、欧州の場合、統一通貨ユーロの存在から通貨暴落は回避される一方、通貨下落による輸出競争力の回復にも限界が生じています。メキシコ危機(94年12月)やアジア危機(97年10月)時のメキシコ・ペソや韓国ウォンに比べて、今回のユーロ下落は明らかに緩やかものです。

また、主要通貨に対するユーロの実態的な価値を反映した実質実効為替レート(詳細は後述)は、ユーロ危機にかかわらず、高止まりしています。

第五に、ユーロ・システム崩壊の懸念があるということです。上述の通り、単一通貨ユーロの存在によって、欧州諸国は、大幅な通貨下落による輸出競争力の回復という危機脱出の手立てが封じられているわけです。このため、ユーロ・システムを維持する限りは、ユーロ圏内の最強国ドイツの税金によって問題国の財政赤字を穴埋めしなければならないというジレンマが生じてしまいます。ドイツがこの負担に耐えられなくなり、ユーロ・システムが崩壊するというストーリーです。ただ、ドルや円といった各国通貨制度を20世紀のシステムとすれば、ユーロのような共通通貨制度は、21世紀的な進化したシステムというのが本質であり、おそらく存続するであろうというのが筆者の見解ですが、その詳しい説明は、紙面の都合から、またの機会としたいと思います。

(5)デフレ圧力に苦しむ欧米経済

上述の通り、欧米経済は、2000年代の半ばに発生した経済バブルの後遺症のいまだ真っただ中にあります。バブルの後遺症とは、経済規模の縮小や資産価格の下落の一方、借金が高水準のまま残ることによって生じるバランス・シートの調整圧力です。それは、実際の経済統計に表れており、欧米では、最近やや反発の兆しがみられるとはいえ、銀行貸し出しの伸びはいぜん低迷しています。

物価上昇率の低下が継続し、デフレ懸念すら出てきています。

ここでは、欧米経済におけるバブルの後遺症、すなわちバランス・シートの調整圧力による低成長や財政危機が、ドル安、ユーロ安を通じて、今年の円高の主因であったと捉えておくことが大切です。

アジア経済高成長の恩恵

上述のように、欧米経済にデフレ懸念すら出てきている一方で、わが国経済もいまだ低成長とデフレの悪循環を断ち切れずにいます。では、なぜ、昨年円が買われたのでしょうか。その背景には、アジア経済の高成長があったといえます。
日米欧の経済が低迷する中で、新興経済国、特に、アジア経済の高成長は目を見張るものがあります。すなわち、世界経済地図の上では、新興国の高成長と先進国の低迷という二極化が激化しています。あるいは、日米欧経済が辛うじて成長を続けることができるのは、新興国経済、特にアジア経済の高成長の恩恵であり、もし、アジア経済の高成長がなければ、今頃、世界経済は、とんでもない世界恐慌に陥っていたといえるでしょう。
日本経済は、欧米経済に比較して、高成長続けるアジア経済と地理的のみならず経済的に強い結びつきがあることは説明の必要がないでしょう。例えば、2009年において、わが国のアジア向け輸出は全体の54%に上っています。一方、米国とユーロ圏のそれは、それぞれ17%と13%に過ぎません。

このことひとつとっても、わが国が、欧米に比べ、アジア経済の高成長の恩恵をより大きく受けることがお分かり頂けるでしょう。
さらに、最近、アジア経済、特に中国経済の高度化が日本経済に恩恵を与えています。わが国の対中貿易収支は、昨年、1993年来の水準まで赤字幅が縮小しました。

その背景には、中国経済の高度化があげられます。中国はこれまで組立型加工貿易、すなわち、資本財(主に機械)と中間財(主に部品・材料)を輸入して加工し、完成品を輸出することで、高成長を遂げました。その結果、国内経済が高度化し、わが国からの輸入構造に、資本財と中間財の割合が減少し、消費財の割合が増加するという変化が生じています。

これは、わが国経済が、中国経済の成長の恩恵をより大きく受けることができるようになった構造変化とみることができます。
このように、欧米経済の低迷というユーロ売り、ドル売り要因の一方で、わが国がアジア経済の高成長の恩恵をより多く享受できることが円高の主因となったと考えられます。また、アジア経済が高成長を続ける限り、この円高要因は剥落しないでしょう。

円の再評価

世界各国の政府や中央銀行は、外貨準備をドル、ユーロ、円、英ポンドといった主要国の通貨に分散・保有しています。ただ、各国がどの通貨をどれぐらい保有するのかは、各通貨の金利や国債の格付け等によって、決定されます。

各国による外貨準備の通貨別保有比率は非公表ですが、全体を合計したものの通貨別保有比率は、IMF(国際通貨基金)が発表するCOFER(Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves)によって知ることができます。

それによると、わが国の円は、2000年9月末において、外貨準備全体の5.0%を占めていたことがわかります。ところが、円の割合は、09年3月には1.6%まで低下してしまいました。これは、80年代のバブルの後遺症や90年代の金融不安によって、わが国の短期金利が0%まで低下した上、財政ポジションの悪化から、日本国債の格付けが引き下げられたため、各国が、外貨準備を円から欧米の主要通貨にシフトしたためと考えられます。

ところが、サブプライム・ショックやリーマン・ショックを経て、欧米主要国の短期金利はすべてほぼ0%となってしまいました。また、各国とも、バブルの後遺症から財政ポジションが大きく悪化し、上述の通り、欧州では財政危機まで起こっています。このため、世界各国は、これまで、円から欧米主要通貨にシフトした外貨準備を再び円に交換している可能性が高まっています。実際に、先ほど言及したCOFERによれば、10年6月には、円の比率が1.9%まで回復しています。

また、上述した通り、各国による外貨準備の通貨別保有比率は非公表ですが、わが国の国際収支統計によると、昨年、世界最大の外貨準備保有国である中国によってわが国の国債を買い増す動きが一時的に強まっていたことがわかります。

COFERによれば、10年6月末における世界の外貨準備の合計額は、8.4兆ドルに上ります。したがって、その1%が円にシフトしただけで、840億ドル、7.1兆円の円買いが生じることになります。筆者は、昨年の円高の主因として、外国政府・中央銀行による外貨準備の調整があったと考えています。また、上述した通り、バブル後遺症によって先進諸国のゼロ金利政策や国債格下げの動きは長期化する公算が高く、今後も、外貨準備における円の再評価によって、円高圧力は継続すると考えられます。

以上のように、昨年の円高の背景には、欧米のバブル後遺症としてのユーロ、ドル安、アジア経済の高成長の恩恵としての円高、外貨準備の円シフトによる円高があったと筆者は分析しています。

米国の量的緩和第二弾とドル相場

ところが、昨年10月には80円台まで下落したドル/円相場も、12月には85円近辺まで反発し、幅広い通貨に対する円の価値指し示す名目実効為替相場も11月には幾分反落しました。その背景には、米国の長期金利の上昇によるドル高と地政学的な円売りがあったと考えられます。

(1)QE2(量的緩和第二弾)

米国の中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)は、昨年11月3日、長期国債を2011年6月末までに最大で9000億ドル購入する追加金融緩和策を決定しました。これは、それまで実施してきた量的金融緩和策と区別してQE2(量的金融緩和の第二弾)と呼ばれています。

この決定がなされる以前から、米景気の回復は精彩を欠き、金融市場は何らかの量的緩和策が追加されることをすでに読んでいました。そして、その場合、FRBがさらに長期国債を買い増すことになるので、米国の長期金利が一層低下するため、ドルが売り込まれるとの期待が高まりました。しかし、この期待がやや安易であったわけです。

誰かが長期国債を買えば、需給の関係から、国債の価格が上がり、長期金利が低下するとの考え方は極めてまともなものです。ただ、中央銀行であるFRBがそれを行う場合、民間の一投資家が行うのとは必ずしも同様の結果を招かいないであろうことに金融市場は気づくべきでした。

すなわち、いくつかのメカニズムで長期金利が上昇する可能性が考えられました。例えば、中央銀行が大量に長期国債を買い入れれば、人々が、市中に通貨が溢れ、インフレが高まるとの期待を抱くため、長期金利が逆に上昇する可能性があります。あるいは、中央銀行が長期国債を大量に買えば、財政規律が緩み、財政赤字が拡大するとの懸念から、長期金利が上昇する場合もあるでしょう。そして、実際に、FRBがこの決定を行った後、米国の長期金利は上昇し、ドルは反発しました。

後講釈とのご批判もありますが、2001年3月にわが国で量的金融緩和策が導入された際にも、当初長期金利は上昇しており、このことは十分予見可能であったといえるでしょう。

(2)米国の大型減税の延長

昨年11月に行われた中間選挙で敗北を喫したオバマ大統領は、12月に入ると、所得・配当の大型減税(ブッシュ減税)を延長することで、野党共和党と合意しました。これに加えて、小売売上高等の一部の景気指標に明るさが出てきたことから、米国のエコノミストらは、一斉に米国経済の成長率見通しを引き上げました。中には、2011年の実質成長率を1%引き上げるとの強気な予想見直しもあったほどです。このことは、米国の財政赤字の拡大懸念と景気の楽観論という二重の意味で、米国の長期金利がさらに上昇する要因となりました。

このようにして、米国の代表的な長期金利の指標である10年物国利回りは、11月初めには2.5%まで低下していましたが、同月下旬には2.9%、12月中旬には3.5%へ上昇しました。こういった米国の長期金利の上昇を主因に、ドル/円相場は、10月の80円台から、12月には85円近辺まで反発しています。

持続不可能な米国経済の回復

結論を先に言えば、米国の長期金利上昇は大変危険なサインと受け止めるべきであり、決して、ドルの上昇は持続しないでしょう。

まず、第一に、上述のように、米国経済は、バブル後遺症によって、現在、大変な借入過多の状況にあります。名目GDPにしめる負債の比率は、80年代に比べ150%も上昇しています。このような状況で長期金利が上昇すれば、金利負担の増大によって、米国経済は景気後退リスクにさらされることになります。特に、住宅ローン比率が、80年代の2倍近く上昇している中での長期金利上昇は、ローン延滞の増加、不良債権の拡大、地価下落という悪循環を引き起こすでしょう。

第二に、QE2は、FRBの長期国債購入によって長期金利が低下することで景気浮揚を促すことを期待するものでした。しかし、期待先行で長期金利が上昇してしまえば、実際の景気浮揚効果は失われてしまうでしょう。したがって、長期金利が上昇する中で、米国経済がこのまま回復基調を継続するとは考えにくいでしょう。米景気は、早晩、腰折れしてしまう公算が高いと考えられます。
第三に、景気が腰折れしても、長期金利の上昇が止まらなくなる可能性もあります。まず、QE2によって、インフレ懸念だけが先行して高まっていくかもしれません。第二に、QE2とブッシュ減税の延長に加え、景気の腰折れによって税収が減少し、財政赤字の拡大懸念が止めどもなく強まるケースです。また、上述のように、地価が再び下落を始めれば、不良債権の拡大によってGSE改革のための納税者負担は増額され、財政赤字は大幅に悪化します。格付け会社が、米国債の格下げを真剣に検討することになるでしょう。このような状況では、ドルは、長期金利が上昇する中で、下落が止まらなくなるでしょう。いわゆるドル不安が再燃する可能性も否めません。

地政学的なリスク

(1)中国のGDPが日本を抜いた意味

昨年の秋には、中国のGDPが日本のそれを上回ったというのが各国のメディアによってニュースになりました。しかし、エコノミストの間では、中国は、通貨元の価値を実力以上に安く維持しており、これを補正した購買力平価で両国のGDPを比べると、中国はすでに日本を抜いているというのが通説でした。実際に、IMFの統計により、購買力平価ベースの両国のGDPを比較すると、すでに、2001年に、中国は日本を抜いて世界第二に躍り出ていたというショッキングな結果となります。

すなわち、経済学の世界では、いまさら日中の名目GDPを比較しても意味がなかったわけです。それでは、なぜあのように国際的なニュースになったのでしょうか。それは、世界中のだれからみても、名実ともに中国の国力が日本のそれを凌駕したという国際政治学上の大きな意味を持っていたからでしょう。すなわち、地政学的に重要なイベントであったわけです。

(2)尖閣問題と朝鮮半島の緊張

このように地政学上の中国のプレゼンスが高まる中、10年9月には、尖閣諸島沖で、わが国海上保安庁の巡視艇と中国漁船が衝突し、その後、日中の外交問題に発展しました。次いで、11月に入ると、ロシアのメドベージェフ大統領が、ソ連時代を含めて同国元首として、初めて北方領土の国後島を訪問しました。また、11月下旬には、北朝鮮が、黄海の南北境界水域に近い韓国の延坪島を砲撃し、朝鮮半島で緊張が高まりました。

このような一連の出来事が、地政学的なリスクから円を買い進みにくくしたことは否めないでしょう。しかし、専門家の見方によれば、現在の米中関係等を勘案すれば、直ちに極東で大掛かりな軍事衝突が起こる蓋然性は低いとの見方が有力なようですから、早晩、地政学的なリスクによる円の売り圧力は剥落していくことでしょう。

結論として

(1)円高の流れは変わらない

以上みてきたように、バブルの後遺症に苦しむ欧米経済は、当面本格回復は望めません。また、わが国経済は、引き続きアジア経済の高成長の恩恵を受けることでしょう。さらに、外貨準備における円の再評価は今後も続くものと考えられます。

一方、米国の長期金利の上昇によるドル買いの動きは、景気の腰折れによって、早晩、萎んでいくものと考えられます。また、地政学的なリスクによる円売りも長続きはしないでしょう。したがって、米国経済に対する楽観論が存続する間は、ドルは堅調に推移するものの、早晩、悲観論が息を吹き返し、米国の財政赤字問題がクローズアップされるにつれて、円は再び上昇基調に復帰するものと考えられます。

(2)円はいぜん割高ではない

円の価値をわが国と貿易取引のある複数の国々の通貨と比較した為替レートを実効為替レートといいます。また、長期的に為替レートをみる場合、貿易相手国との物価上昇率の差を考慮する必要があります。例えば、10年間に、日本の物価が不変、米国の物価が30%上昇した場合、市場のドル/円相場(名目為替レート)が10年前も今も1ドル=100円であれば、物価上昇率格差を考慮した為替レート(実質為替レート)は1ドル=130円と、物価上昇率格差分(30%)だけ円安となります。

これは、10年前1ドルであった米国製品は、現在、1.3ドルに値上がりしており、これを現在の名目為替レート1ドル=100円で換算すると130円になり、日本の製品(10年前も現在も100円)にくらべて30%割高になっている、すなわち、日本製品の方に競争力があるという意味です。

見方をかえれば、この場合、現在の名目為替レートが1ドル=77円の円高水準になっているとき、1.3ドルの米国製品は、日本円で100円となり、日本製品と同じ価格になります。このとき、実質為替レートは、1ドル=100円で10年前と不変ということになります。すなわち、日本の物価上昇率は、諸外国に比べて低い為、名目為替レートが円高になっていても、実質為替レートではそれほど円高ではないのです。そして、この両方でみた為替レートを実質実効為替レート(REER)といいます。

そこで、円のREERをみますと、現在は、歴史的にみてほぼ平均的な水準ということができます。

これは、2000年代に入り、名目為替レートが円安となったことに加えて、日本の物価上昇率が、諸外国に比べて低水準で推移したことから、REERは07年には、著しい円安水準まで下落したためであり、その後の円高は、異常というより、むしろ正常化の動きであったとみるべきでしょう。したがって、1ドル=80円と聞けば極端な円高であるような気がしますが、REERでみると、円の上昇余地はいぜん小さくないということができます。

(3)1ドル=72円が当面のターゲット

変動相場制の歴史は、ドル下落の歴史であり、かつて、ドルが円やドイツ・マルクといった主要通貨に対する歴史上の最安値を更新する際には、ドル不安が高まり、ドル安がオーバー・シュートしたものです。

実際に、ドル/円相場で振り返ってみましょう。

1973年3月につけた最安値1ドル=255円が、77年10月に割れると、ドル/円相場は、78年10月に177円で底を打つまで、1年で31%のドル安となりました。次いで、この177円の最安値が抜けるのが86年3月ですが、その後ドル/円相場は、87年12月の121円まで、1年9か月の間に32%のドル安になりました。また、ドル/円相場は、92年9月に121円の最安値を更新しましたが、95年4月に80円(正確には79円75銭)で反発するまで、33%の円高となりました。すなわち、かつては、ドルが一旦最安値を更新すれば、その後、相応の期間、3割程度の大幅かつ急激なドル安が続いたのです。この観点からすると、直近の最安値79円75銭が抜ければ、次の底値は56円程度ということになります。

ところが、2007年に、ユーロ(ドイツ・マルクに換算)とスイス・フランがドルに対して、95年につけた歴史上の最安値を更新した際には、ドルは、かつてのようにオーバー・シュートすることなく、最安値から10%程度ドル安になったところで、自然に反発しています。

このとき、米国初の経済危機が、世界経済全体を巻き込もうとしていたことがその所以でしょう。仮に、この法則が今後のドル/円相場に当てはまるとするなら、今後、ドルが、歴史的な最安値(79円75銭)を更新した場合のターゲットは、1ドル=72円程度とみることができます。

以上みてきたように、筆者は、欧米のバブル後遺症、日本に対するアジア好景気の恩恵、外貨準備の円シフトから、本年1ドル=72円程度までの円高を予想しています。なお、これに対するリスク・シナリオは、中国景気がインフレによって腰折れして、世界同時不況の様相が出てきた場合でしょう。ただ、その詳細については、別の機会に論じたいと思います。ここでは、中国経済の動向には要注意と述べるにとどめておきましょう。

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